北海道日本ハムファイターズ

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所長は18歳まで北海道で暮らしていました。
といっても24年前のことです。
当時の北海道の野球事情は高校野球甲子園では1回戦敗退があたりまえでした。
駒大苫小牧も甲子園常連でしたが全国の壁は厚かったのです。
甲子園優勝なんて夢のまた夢でした。
TV中継は巨人戦ばかり、毎年6月に行われる札幌円山球場での巨人戦が唯一生でプロ野球を観戦できる機会でした。
当時の北海道といえばドラマではサラリーマンが左遷されて来る場所として描かれていました。
左遷されてくる場所で生活している所長は複雑な気持ちでした。
都会志向の所長は大学進学で上京しました。
1988年8月から10月にかけて世界・食の祭典が北海道札幌市で開かれました。
開催された当時は地方博ブームの最中でしたが、そうした一連の博覧会の中で最も失敗した博覧会と言われています。
開幕の3ケ月前になってやっと基本計画がまとまったという杜撰な運営の結果、赤字額は約90億円にも及び、主催者である北海道、特に最高責任者である道知事の横路孝弘(当時)の責任が問われました。
所長は夏休みに帰省した際に食の祭典にいきましたが最悪のイメージをもって帰ったことを覚えています。
現在ラーメン博物館、カレー博物館などが隆盛しているということを考えれば運営に問題があったのは間違いありません。
1997年11月、道内唯一の都市銀行である北海道拓殖銀行が経営破綻しました。
北海道経済情勢は悪化の道をたどっています。
そんな中、札幌ドームが1998年に起工、2001年に完成しました。
真冬でも野球、サッカーができる施設の誕生です。
プロ野球招致が毎年のように記事になっていました。
日本ハムが移転の噂も流れていましたが実現不可能と思っていました。
しかし、
2004年北海道日本ハムファイターズが誕生しました。
移転した当時、道民の反応は薄かったものの、プロ野球ファンからは「やっと自分達の球場を持てて、一本立ちした」と歓迎ムードでした。
札幌ドーム公式戦で、対象地域の道・市・区内在住者・在職者を対象に一塁側内野指定席券「なまらチケット」を一律1,500円にて発売しています。
また、午後7時半以降は一律子供料金の「730チケット」を発売しています。
これらに加え、2005年からは全ての道民が対象の「なまら!超割チケット」、駐車券付きの「カルテット」、その名の通りビール券付きの「ビール券付き」等のグッズ付きチケット限定チケットも発売されています。
その結果、札幌ドームではオープン戦、公式戦、消化試合に関わらずレフトスタンドが常に満員になるようになり、また本来ビジターチームの応援席であるライトスタンドもセンター寄りを中心に日本ハムファンで占められるようになりました(交流戦での阪神タイガース戦は除く)。
2005年には、久々に1993年以来の100万人を突破。1位のソフトバンクに次いで2位の観客動員となったのです。
今年の9月27日のレギュラーシーズン最終戦でシーズン1位を確定させました。(交流戦の結果を除いた成績でも1位)。
10月12日、プレーオフ第2ステージを制しリーグ優勝。
日本シリーズは中日と対戦します。
北海道日本ハムファイターズの優勝の経済効果は200億円。
中日の230億円には及びませんが北海道で200億円は大きいです。
現在の北海道では有効求人数が0.6という職難時代です。
北海道日本ハムファイターズは立派な北海道おこしといえます。