ばついちこぶつきの憂鬱episode-54

【この物語は2002年7月8日交通事故で他界したリツコとの記録です】
2002年7月8日(運命の日)
俺は半狂乱状態になりました。
脳裏にはリツコの言葉「あなたが死んだら私も死ぬ。」
俺もリツコに言いました。「リツコが死んだら俺も死ぬ。」
今、後を追えばリツコに逢えるかもしれない。そう考えました。
ヨシエさんと会社の上司は俺をなだめるように声をかけてきました。
ヨシエさんは大きなビニール袋を持っていました。
その中に事故当時のリツコの着衣が入っていました。
プレゼントしたワンピース、サンダル、下着まで。
ICUに入っていたリツコは冷たくなってでてきました。
リツコの自宅に搬送です。
事故は深夜1時57分におきました。
ガードレールに激突しました。
エアバックがふくらみましたがそれがカウンターパンチとなり、脳に衝撃をあたえのでした。
連絡が遅れたのは、俺の携帯番号は高崎ではリツコ以外は知りませんでした。
警察がリツコの携帯からリツコの関係者の番号を調べたようです。
ヨシエさんが俺に何度も謝ってきました。
そういえば昨夜はリツコはヨシエさんと一緒なはずでした。
日曜の夜だったので「次の日は仕事があるから」といってヨシエさんはリツコより先に帰宅したのでした。
ひとりになったリツコは昔働いていたデニーズの店長に結婚の挨拶にいったのでした。
その時のおみやげは「えんぎや」で購入したものでした。
深夜0時を過ぎてリツコは睡魔におそわれてきたのでデニーズでしばらく休んでいました。