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豊洲2~3丁目開発計画

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【「むら&まちおこし支援プロジェクト」は、全国で行っている町おこし、むらおこし、商店街おこしを紹介します。関係者からの投稿お待ちしています。】

2006年10月5日、アーバンドックららぽーと豊洲がオープンしました。
銀座エリアから約6分の好立地に位置しながら、海に面した絶好のロケーションには、生活に潤いとくつろぎを与える190の文化施設やショップ、レストランが集まり、都心では稀に見る大型商業施設となりました。

大人が過ごすのにふさわしいゆったりとした空間には、世界的に著名な平木コレクションを常設する浮世絵美術館や19世紀製のパイプオルガン、ベルギーのフラワーアーティスト、ダニエル・オスト氏がデザインしたガーデンなど、こだわりの上質な施設が揃ったほか、日本に初上陸した“こどものためのおしごと体験タウン”「キッザニア東京」、夕陽やレインボーブリッジの夜景が美しいレストランやバーラウンジ、12スクリーン・1777席の「ユナイテッド・シネマ豊洲」など、さまざまなコンテンツがあります。

昨日は8万人が訪れたそうです。

大正後期から埋立事業によって形成された豊洲地区は、昭和12年7月15日に正式に命名されるまでは、埋立地5号地等の埋立地番号で呼ばれていました。

町名の由来は、港湾局職員の懸賞付募集により選出されたもので、
豊かに栄える島 →「豊洲」
埋立用土砂が隅田川の洲をさらったもので肥えていた →「豊洲」
関東大震災で破壊された、銀座の焼けあとの土石類を一部埋立に使用したため、その後、貴金属類が掘り出され宝島などと呼んでいた →「豊洲」
などの説があります。

1939年~1943年にかけて石川島造船所が建設され、工場および作業員の宿舎等が立ち並びました。
1945年に都営住宅が建設され、まちとしての体裁が整うようになりました。
1955年、豊洲ふ頭の埋立が始まり、埋立関係の人たちによる賑わいが生じました。
1965年、外郭堤防が完成し、安全なまちに生まれ変わります。
昭和50年代、民間マンションやスポーツ施設の立地があり、まちの様子も大きく変わってきました。
1974年、セブンイレブン1号店豊洲に開店

2012年には築地市場が移転し、豊洲新市場が誕生します。

計画的に整備されていく街「豊洲」。
今後も楽しみです。

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