ばついちこぶつきの憂鬱episode-4

【この物語は2002年7月8日交通事故で他界したリツコとの記録です】
2002年5月16日(深夜の電話)
普段の生活で元妻の呼ばれ方は「奥さん」、息子の学校の関係者からは「リョウ君のお母さん」と呼ばれます。
自分の存在がないと思い、自分を取り戻すこと、自分の為に生きていくこと、を決心したのです。
鬱病だった元妻の少しでも気晴らしになればと私はIBMのAptivaを購入して入力の仕事を依頼しました。
ところが元妻は入力は全くしないでチャットにはまっていました。
当時ダイアルアップ接続だったので通信費がひとつき3万円を軽く超えていました。
チャットの相手は何人かいたようだが、一番多かったのが上智大2年生のケンジでした。
まだ20歳。彼も鬱病でした。
しだいにふたりはチャットの中で恋に落ちていったのです。